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Story #04

また、ここで。

有限会社石橋建設埼玉県吉川市|型枠工事|組合員企業

物の前に立って

現場の片隅に、材料が積んである。
細い角材。大きな合板。いろんな形の金物。
切ったばかりの木のにおいがする。

「これが桟木だよ、これがベニヤだよ、これがセパだよ。」

社長は、ひとつずつ指をさして、名前を呼ぶ。
となりには、フィリピンから来たばかりの技能実習生がいる。

知らない国の、知らない現場。
目の前にあるものの名前を、まだ、ひとつも知らない。

名前が分からなければ、「持ってきて」と頼まれても、取りに行けない。
だから、物の前に連れていって教えた。

社長もまた、はじめは、型枠とは縁のない人だった。

暗くなるまで

九州の町。
日が傾いても、外で、近所の子どもたちと遊んだ。
暗くなるまで、家には帰らなかった。

「家には、ほとんどいないような感じだったかな。」

中学、高校と、野球に明け暮れた。
その六年のあいだ、ずっと、甲子園に行きたいと思っていた。

高校を出て、地元で、しばらく働いた。

「もう面白くないなと思って、こっち来ちゃった。」

母の中学の同級生が、埼玉で型枠の会社を営んでいた。
その縁を頼りに、九州を出た。

「俺は、会ったことなかったんだよ。」

知らない土地の、会ったこともない人の会社。
そこで、はじめて、型枠に出会った。

「たまたま、それが大工さんだった。鉄筋屋さんでも良かったんだろうし。これが本当に、運だったの。」

型枠は、ベニヤを桟木で支え、セパでつなぐ、木の枠だ。
コンクリートが固まるまで、その重さを受け止める。
固まれば、外される。
できあがった建物に、型枠は残らない。

あれから、三十七年。

「田舎にいるより、長いよね。」

2026.01

離せ、と言っても

十年ほど前、はじめて、フィリピンから技能実習生を迎えた。
フィリピンまで、面接に行ったこともある。

最初に聞くのは、決まって「夏に強い?」。
日本の夏は、湿気がまとわりつく。
その中を、長袖、長ズボン、ヘルメットで働く。

「言葉が分かるのかなっていうのが、一番不安だったね。」

ある日の現場。
職人と、来たばかりの技能実習生が、ふたりで同じものを持っていた。
「離せ」と言っても、手は離れない。
手を離して、置いてほしい。
その意味が、伝わらなかった。

「はなせ」は、「話せ」とも聞こえる。

「日本語って、不思議なもので。同じ言葉で、意味が違う言葉が何種類かあるじゃないですか。」

「ここ入っちゃダメだよとかっていう言葉が分からないと、ちょっと現場の中、入れないのかなと。」

だから、教えることばには、順番がある。

「危険な言葉だよね、先に覚えてほしいのは。これやっちゃダメだよ、危ないよ、落ちるよって。」

社長自身は、怒られて育った世代だ。

「怒りながら教えたって覚えないし、いい気持ちもしないから。やっぱり、怒らない。」

大変だったことはあったか、と聞いた。
しばらく、間があった。

「大変……。でも、言葉だけなんだよね。」

こうやんだ、こうやんだよ

面接の日、決められた時間内に、課題は仕上がらなかった。
けれど、終わったあとの片付けが、きれいだった。
社長は、そこを見て、彼に来てもらおうと決めた。

ひとつの作業が終わったら、きれいに片付けてから、次へ。
面接の日に見たあの片付けを、彼は、八年のあいだ続けた。

季節が、いくつもめぐった。
彼がこの会社に来て、何年かたったころ。

「こうやんだ、こうやんだよ。」

段取りを組むのは、彼のほうになっていた。

はじめのころ、社長が案じていたのは、「危ない」が届くかどうかだった。

いま、現場で「危ないよ」と言うのは、彼らのほうだ。

「安全面においても、みんなのロールモデルになってくれてる。」

2026.01

ふたつの家

はじめに三年。いちど国へ帰り、また五年。
あわせて八年を、彼はこの会社で過ごし、母国へ帰った。

一級の技能検定に向けて、二年分の過去問が渡された。
問題の上には、ふりがなのように、彼が自分で訳した英語が振られていた。
一問も、残さずに。

「反対に、自分らが英語を半年やって、ペラペラになるくらいまで理解できるか。そこはちょっと、俺も自信はないけど。」

母国では、彼が自分の家を建てている。

「もう、できてきてるね。」

三十七年、型枠を組んできた社長に、仕事のほかに思い描いていることを聞いた。

「夢、夢。夢は一つだけあるかな。難しいもんじゃないんだけど。自分、家持ったことないから。大きい家、欲しいな。」

桟木と、ベニヤと、セパ。
はじめて名前を覚えたこの会社で、社長は、いまも名前を教えている。

暗くなるまで家に帰らなかった少年が、
いま、誰かが帰ってくる場所に立っている。

また、ここで。

編集後記

「俺は、会ったことなかったんだよ。」
社長もまた、知らない土地の、会ったこともない人の会社に来た人でした。
迎える人も、かつては、迎えられた人でした。

型枠は、コンクリートが固まるまで、そばで支えつづけます。
役目を終えると、そっと外され、あとには、建物の形だけが残ります。

物の前に立って、名前をひとつ呼ぶ。
その一回が、いつか、誰かの形になって残ります。

次のストーリー 怖さの先に、未来があった。

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